ビルは継承しない

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仕事で定期的に彦根に足を運ぶことがある。仕事先との打合せだけでなく、できるだけまちなかを歩きながらまちを見ることをしている。実際に仕事の企画としても考現学的、路上観察的な考えをもとにしたまち歩きの企画も行っている。

まちを見る時には、自分の目と耳と足を使い、できるだけ徒歩でまちなかや気になったエリアを散策する。クルマ、自転車、徒歩といった、それぞれの乗り物によって、移動のスピードや風景を見る解像度も変わってくる。

道端に置いている小さなものから、ちょっとした家の塀、歩道にある誰かが設置したオブジェなど。それらをただ見るのではなく、なにかしたらの視点なりフィルターをもって見て歩くことで、色んな発見が見えてくる。

もちろん、景色やモノだけでなくまちの人にも話す機会をつくっていく。たまたま入ったカフェのおばちゃんや雑貨屋のおじさん、本屋のおにいさん。20代や30代の若い人であれば世代も近いので色々と話題も振りやすいし、共通の話も見出しやすい。少し上の世代であれば、外から来た者として地域のことを色々と教えて欲しい、と率直に聴くようにしている。外からの新参者としてきちんと礼儀をわきまえていくことは大切だ。

とあるお店に入ったときだ。そのお店は、近所のおかあさんたちで運営してるカフェレストランのような場所だった。お昼に行くとランチがあり、プレートや定食を出してくれる。お店で食べるだけでなく、仕出し弁当で近所の人から注文が入ったら対応し調理して配達することもやっている。

ぼくら(4,5人くらい)がお店に入ったときは ランチの真っ最中だったのだが、店舗にお客はだれもいなくて、そのかわり大量のお弁当をつくっていた様子だった。僕らがお店に入ると「ちょっとお弁当作ってるからちょっと待っててね」と、笑顔で応対してくれた。1000円以下の値段ながら、サラダに小鉢、メインはハンバーグや生姜焼き、魚焼きなどのベーシックなものながら、ボリュームも味も含めてかなりレベルが高かったのを覚えている。

お店は、カフェレストランだけでなく、高齢者でも参加しやすいイベントも積極的に企画している。ワークショップ的にしながらみんなで小物を作ったり編み物をしたりと、地域の人たちが日常のなかで楽しめるイベントも行っている。こぶりなお店ながら、お店の至る所に写真が飾ってあったり、イベントに参加した人が作った小物などが置いてあったりと、とてもアットホームな感覚を覚える場所だった。

ランチを食べつつ、配達も終わりお店も一息ついたため、ひとりのおかあさんたちとゆっくり話すことができた。ランチを待たせてしまったからなのか、なぜかコーヒーをご馳走していただき、コーヒーを飲みながら世間話をする。次第に、カフェをいつから始めたのか、どうしてお店をやっているのか、といったことに次第に話題が移っていた。

なんでも、このお店は近所にいるおかあさんたちが、アルバイトのような形でチームをつくり、出勤できる日をそれぞれ調整しながらお店を運営しているという。代わる代わる、曜日毎に作るメニューをあらかじめ決めておき、食材を買ってくる人や下ごしらえをする人などが担当になって調理にかかる。常に同じ人が調理場に立っているのではなく複数人でシェアしながら運営しているため、誰か強いリーダーがいるのではなく、それぞれが対等の立場でやりとりし、備品の管理やら整理整頓の仕方などをみんなで話し合いながら、円滑に運営しているそうだ。お店をはじめて4,5年は経っているようだった。

おかあさんたちとは書いたものの、みな60歳を過ぎた方々で、日中は時間に余裕があるのと、食事を作ることには慣れているし、ちょっとしたお店をみんなで回していくことそれ自体に楽しみにがあり、みんなが無理のない形でレストランを運営しているらしい。

無理なく、それでいて楽しく運営し、そして地域の人たちに食事を提供する。それぞれに家庭の事情もあるのかもしれないが、持続可能な形でお店を継続しようとしていることを聞き、正直びっくりした。同時に、とても素敵な取り組みだと感じた。

ところで、なぜそんなお店が始まったのか。聞いてみたところ、このカフェレストランは、以前はカフェというかケーキ屋さんのようなお店だったらしい。地方に行くとよくある、ビルのオーナーがそのまま一階でカフェを始め、2階から上は人にテナントや住居として貸してたようだ。現在は2階から上は誰も入っておらず、一階以外はほぼ空きビルの状態になっている。

しかし、カフェを運営していたおかあさんの体調が悪くなり、お店を畳んでしまうことになり、いよいよもって空きビルになってしまう。そんな時、ご近所のおかあさんが「私が借りる」とオーナーに伝えたところから、今のカフェレストランを始めるようになったという。その借り主が、僕らがランチをした時に対応してくれたおかあさんだったので、その経緯なんかを色々と伺うことができた。

ここで疑問が。なぜ「私が借りる」とその人(名前を聞いてなかったので、とりあえずAさんとしておこう)は言ったのか。Aさんはこのお店のご近所に住んでおり、以前のカフェに昔からよく通っていた常連さんで、(もちろん近所ということもあるだろうが)オーナーの人とも数十年来の付き合いのある人だったそうだ。また、Aさんの実家は、かつて飲食店かなにかのお店をやっていたこともあり、同じお店を経営している同士で親近感があったそうだ。

そんな折、Aさんの実家のビルが老朽化で建物を建て直すことにしたそうだ。リノベではなく、まるっと建て直すということで、工事も終わり新築としてそのビルは建て直った。しかし、新築のビルに住み始めたAさんは、妙に居心地が悪くなった、と思ったという。

「始めはビルを新しくしたら色々と良くなるかと思ったけど、そうじゃなかった。ビルは新しくなったけど、昔の面影や記憶がまったくない、まっさらなビルなんて面白くない。古いものを立て壊し、まったく新しいものを作っても、何も良さは残らない」

そうAさんはつぶやいた。建て直したことをきっかけに、実家のお店も閉じてしまい、いまはテナントとして他者に貸しているという。自分たちのお店を閉じてしまったことによって、地域との接点が減り、また、次第に街自体も活気が少しづつなくなってきたことともあいまって、次第にAさんにとって建て直したことそのものに対して反省や罪悪感を強く抱いたのだろう。そんな折、今回のカフェのオーナーの体調不調となり、お店を閉鎖し、ビル自体が空きビルになったことを聞いた。

「空きビルとして放置され続けると、いつかは不動産の手でまるっと建て直されてしまうかもしれない。そうすれば、また自分が昔感じたような気持ちを思い出してしまうし、そのオーナーの人も取り壊すべきではなかった、と思うかもしれない。それに、何十年とやってきたカフェがなくなり、まちの顔といえる場所が消えてしまうことそのものもどうにかしたい」

そうAさんは思った。自身の過去の経験と後悔がきっかけとなり、Aさんが自らそのお店を借り、自分だけでなくまちの人たちとともに一緒に運営するカフェレストランにするよう考えたという。みんなで無理なく、それでいて、楽しく、地域の人達にとって意味のあるものを、ということから、レストランや仕出しのお弁当を作るようになったそうだ。そのAさんの考えに共感しつつ、手伝いをする人たちが仲間となってお店を運営するようになった。そして現在に至る。

お店は以前の什器をほぼそのまま使っている様子

お店は以前の什器をほぼそのまま使っている様子

什器は以前のままほぼ居抜きで使ってるし、なんだったらキッチンとかも以前のカフェのままかもしれない。備品の管理やら空間の配置など、カフェレストラン単体としてのクオリティでいえば、都内のようなものと比較すれば高いとは言えないだろう。しかし、別にここではそういったものを求めているわけではないし、それでいいんだろう。気取ったお店よりも、近所の人のお宅でご飯を食べているような、そうしたどこか懐かしさを感じるお店だ。

もちろん、お店を経営し、しかも、仲間とやるということで、現場のオペレーションなり担当割などの作業は大変だったと予想する。Aさんいわく「その日誰も出勤できないなら、お店は休み。無理してお店をやっても仕方がない。無理なく、できる範囲でやらないと駄目」と話し、はじめからお店として儲けようとかそういう感覚ではなく、仲間で楽しく、かつ地域との接点作りを重視した運営だったからこそ、今でもみんなが積極的に関わっているのがその証拠だ。

Aさんが語ってくれた言葉で強く印象に残ったのは「ビルは継承しない」という言葉だった。自身が、ビルを建て壊したことによる、家の記憶、そしてまちの風景や記憶を継承することに対する思いから、そんな言葉がでてきたのだろう。

コンクリートでできたビルは、たしかに耐久性はあるかもしれないが、建物をいじったり手を加えたり、経年による変化があるわけではない。リノベーションすれば多少は建物の記憶は残るかもしれないが、それでもいつかは取り壊さなければならない。もって数十年。そういう点では木造の建物のほうが、しなやかで、変化にも強い。メンテナンスや手間が大変だが、時代に合わせて変化していくだけの強靭さがあるのでは、とAさんは話す。

どんなに似せたものを作っても、以前のものとはまるっきり変わってしまう。変化していくことは仕方がないが、変化するにしても、スピードや周囲との関係性をまったく無理して変わることはできない。それをしてしまうと、どこかで無理が生じてしまう。

建物は、その人やその家だけのものではなく、地域を彩る一つでもある。建物が変わればまち全体の景色も変わる。そこに、過去から受け継いだものを無視し、まったく新しいものを作ったときに、果たしてそのまちとの調和がとれるのだろうか。

ここでも、そのビル、そしてまちのアイデンティティとはなにか、ということが問われているような気がする。まちの文化とはなにか。過去に培った、いわゆる「風土」と呼ばれるものをどう大切にしていくか。その風土を踏まえながら、ゆるやかに、それでいてしなやかに変化していくために、人ができることはなんなのか。そんなことを、このお店から学んだ気がする。

また、彦根に行った際には、美味しいランチをご馳走になりたい。そのときも、また同じようにおかあさんたちの元気な声がそのお店から聞こえてくるのだろう。

※お店の名前などはあえて伏せている。Aさんの個人的な事柄も含まれており、当事者のことも配慮している。また、取材ではなく立ち話から伝聞したものを書いているため、裏取りをしてるわけではない。もし、お店の場所や名前を知りたい方は、個人的にお伝えするので直接ぼくに聞いてください。