『Counter Void』と「Relight Project」にまつわる考察

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宮島達男「Counter Void」2003年 / テレビ朝日所蔵作品

東京・六本木にあるけやき坂通り。六本木ヒルズの中心を走る400メートルもの目抜き通りで、六本木ヒルズのメインストリートといえる場所だ。けやき並木や花壇による四季折々な草花が通りを彩り、六本木という街の景観や街並みをつくりだしている。
そのけやき坂通りの坂を下ったところにある交差点は、TSUTAYA TOKYO ROPPONGI店や「ブルーマングループ」専用劇場として作られたZeppブルーシアター六本木などが立ち並び、六本木という街のなかにおいて開かれた交差点として日々多くの人が行き交っている。

その一角の、テレビ朝日本社のけやき坂の交差点のコーナーに存在する、巨大な「壁」がある。その「壁」は、2003年に六本木ヒルズがオープンした際に、ヒルズ内に建設されたテレビ朝日の敷地内に設置したパブリックアートの『Counter Void』という作品だ。現代美術家、宮島達男氏が手がけた作品で、高さ5メートル全長50メートルの巨大で透明なガラススクリーンにネオン管やガラスを用いて描かれたデジタルの数字が6つ浮かび上がり、それぞれ異なるスピードでカウントダウンするというものだ。設置当初から、日本でも数少ない巨大なパブリックアートとして六本木のシンボルとして注目され、待合場所やドラマや映画などの撮影にも使用されるなど、東京を象徴するスポットとして六本木のけやき坂を日々照らし続けていた。

宮島氏がこれまでに作品に使ってきたデジタルの数字は、人間の「生と死」を表現したものだという。9から1までをカウントダウンし、0にならずに消えてまた9に戻る。「死」と「生」が円環している様子を、デジタルというある種の永続性をもった手法を使って表現している。『Counter Void』では、ガラススクリーンに映しだされた文字盤が昼間は数字が白く光り夜は黒く光る作品で、特に夜の六本木では黒いカウンターが異様な雰囲気をもって輝いていた。

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Image:越間由紀子

しかし、2011年3月の東日本大震災によって、作品のあり方が大きく揺らぐこととなった。震災をきっかけに電力の使用に関して大きな議論が起きたなか、巨大なガラススクリーンに一度に大量の電力を使用することの是非は、作家である宮島氏にとってもその作品の扱いをどうするかを考えさせるものとなった。
作家として「アート」を続けていいのか悩んだ結果、2011年3月13日、作家自らの手で作品を消灯させた。大量の電力を使う作品を消灯することで、電力の問題や大勢の方が亡くなったことに対する鎮魂の意を示し続けたのだ。もちろん、消灯させたといってもたんに電源をオフにしただけであり、再度電源をオンにすれば作品は点灯しだす。その、スイッチ一つで容易に切り替わる状態にあるなかで、「あえて消灯させ続けている」ことによって消灯のメッセージが浮き彫りになってくることを意図した。

しかし、その作家の考えも時間とともに次第に変化しはじめてきた。震災当時、六本木を含めた東京も震災直後から節電の流れがあり、街全体のイルミネーションの規制など消灯や電力を使わない姿勢が当然な雰囲気でもあった。しかし、時が経つにつれ東京では震災以前と変わらない街の様子へと移り変わっていき、街に電気が灯りだした。

「自分としてはある種の違和感を持ちづづけていて、再びつける理由が見つからないまま3年がたってしまったんです」(出展:六本木未来会議)と宮島氏は話す。

宮島氏を知っていたり点灯していた様子を知っていたりする人は、本来の作品の様子や消灯の意図を理解できる。しかし、消灯後に『Counter Void』を知った人は、点灯している姿をいまだ見たことはない。場合によっては、『Counter Void』という「作品」であることすら知らない人もいるだろう。「あえて」消灯している意味そのものが不在となると、消灯し続けているメッセージは消灯したことを認識している人しかできない。時間とともに点灯時を知る者よりも消灯時の様子しか知らない者が増えてくることは、震災の様子が風化していく様子とどこか重なるものかもしれない。

そこで、宮島氏は『Counter Void』の再点灯という「問い」を世に投げかけることとした。作品の点灯への意識をきっかけに、消灯してた意味や再点灯をすることで、なぜ消えていたのかが浮き彫りになる。同時に、震災への記憶を留め現在につなぐ思いや、作品のテーマである「生と死」の意味を消灯から再度点灯させることによって作品自体にもそれまでとは違った意味を帯びることとなる。

いまこの時代に点灯する意味を問いかけ、作品から浮き出てくる新たな「光」を考えるプロジェクトとして、2013年の発足時に「光の蘇生」、そして2015年からは「Relight Project」と名付けられ、再点灯に向けて動き出した。また『Counter Void』再点灯の議論自体を、作家だけでなくさまざまな人がそこに関わりながらともに考えていこうとする行為を通じて、多くの人がアートに関わる余白をそこに作り出そうとしている。すでに、リライトコミッティと呼ばれる有志のメンバーたちが、再点灯に向けてどのような点灯のあり方があるのかを考える議論を進めている。作品に込められた「生と死」というテーマを踏まえながら、まさしく作品自体の「生と死」を経た新たな作品への意味付けを試みるプロジェクトである。

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宮島達男「Counter Void」2003年 / テレビ朝日所蔵作品

そして2016年3月11日−−震災から5年目を迎える日に「Counter Void」は再点灯する。

震災から5年目を迎えるいま、『Counter Void』という作品が点灯する意味とともに、作品の意味の昇華、時代とともに移り変わるさまざま考えの変化を拾い集めていく。同時に、『Counter Void』自体が作者だけでなくそこに関わるさまざま人たちとの関係の中で意味の変容やアートと社会とのあり方を議論する場が生まれてきている。再点灯も踏まえたアートと社会の関係を紡ぎだす「Relight Project」に関してさまざまな角度から考察していくために、その記録としてこのジャーナルを書き続けていく予定だ。

例えば、作品そのものだけでなくパブリックアートのあり方の意義も考える機会でもある。アートには、作品の保存や修復、補修の技法や思想といったものがこれまで脈々と続いていた。

『Counter Void』も、2003年に設置されてもう10年以上の作品となる。『Counter Void』自体も設置した当時と比べるとガラスがくすんだり、ネオン管の消費によって光そのものの真新しさも次第に欠けはじめている。しかし、あえて設置した当時のまま作品は保持されている。この作品をどう保全し、次へとつなげようとしているのか。作品の「永続性」と「生と死」というテーマは、アートそのもののあり方について考える大きな軸でもあるのだ。

また、人の「生と死」ということもここでは考えることができる。東日本大震災をきっかけに消灯したという行為、そこに横たわる人の生と死の問題。また、高齢化が進む日本において人間が唯一免れない死とどのように向き合うか。同作品のテーマと照らしあわせながら、社会における価値観や人の生き方のあり方について私たちに考える機会にしたいと考えている。こうしたさまざまテーマを内包し議論をしていく「Relight Project」自体が、アートプロジェクト自体の新たな形を模索する試みでもあるのだ。

『Counter Void』の消灯から再点灯をきっかけに、そしてその契機となった東日本大震災を契機とした社会の転換点に経つ現在だからこそ、「生と死」、パブリックアートのあり方、アートと社会との関係性について考える時期なのかもしれない。『Counter Void』と「Relight Project」にまつわるさまざま出来事や関わっている人たちの思想や取り組みをもとに、私なりの視点からその接続点と視点をもって考えていきたい。

Originally published at Relight Project Report at Medium on Jan 28, 2016.