思い出深い六本木ヒルズにあるBAR HERATLANDが閉店したことは、六本木の一つの歴史の節目だと個人的に感じる

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2014年1月6日、六本木ヒルズの1階にあるBAR HEARTLAND (ハートランド)が閉店しました。

BAR HEARTLANDは、2003年4月25日に六本木ヒルズが開業すると同時に「Neighborhood Bar」というコンセプトでオープンしました。ニューヨークなどの店舗を参考に、気軽に立ち寄れるスタンディングバーで、毎日DJやVJが音楽や映像を流すバーでした。支払いもキャッシュオンデリバリーを採用し、特徴的な扇型のカウンターのどこでも注文できるスタイルは、独特のコンセプトと場の雰囲気を持った場所として、多くの人たちが毎日来るお店でした。また、店内には大画面のスクリーンを3面があり、スポーツ観戦やVJによるプロジェクションの場所としても、大掛かりな表現ができる場所として人気の場所でもありました。テレビ朝日が近いせいか、よく有名人が貸し切りで打ち上げやパーティーなどを開催したり、週末にはDJが音楽を流しながらクラブさながらな様子で賑わうなど、六本木らしさを最も感じる場所の一つでもありました。

このBAR HEARTLANDに、ちょうど東京に出てきてすぐの2007年5月から2008年の12月まで、当時まだ23歳で大学生だった私は、アルバイトとして働いていました。

東京に上京して、とりあえず面白そうなところでバイトをしてみたい、と思った時に、始めて六本木に行った時に入ったお店がこのお店でした。スタンディングスタイルでエントランスもとらず、誰もが自由に出入りしてコミュニケーションを取る海外スタイルの場所にものすごく惹かれ、同時にお客の6割近くが外国人という場所といった面白さから、すぐにバイトをしてみようと飛び込んだのが最初でした。東京に来てすぐに飛び込んだこの御店は、東京の色んな顔を知るとても良い機会だったと同時に、東京に来てすぐに色々なことを学ばせていただいた、自分にとっても思い出深い場所の一つでした。ホールにカウンターの中のバーテンダーの仕事を通じて、飲食店におけるホスピタリティを知れる良い場所でもありました。バイトを辞めてからも、定期的に足を運んでビールをちょっと飲んで帰ったり、映画を見る前に軽く一杯飲んだりする場所として通っていました。時には、お店を貸しきってイベントをやるなど、思い出深い場所でもありました。

店名でもあるハートランドビールは、キリンビールが提供していたテレビ朝日の番組がきっかけで醸造が始まり、当初はテレビ朝日直営のレストランでしか飲めないビールとして、開発されたものだったそうです。その後、1986年に六本木6丁目(今の六本木ヒルズができる前)にビアホール「ハートランド・穴ぐら」がオープンし、そこでしか飲めないビールで提供していたとのこと。

大樹をイメージした透明でエメラルドグリーンの瓶に、ラベルをなくし、瓶そのものに意匠をするといった独特のデザインでもありました。国産のキリンビールであるにも関わらず、海外のビールの雰囲気をまとったデザインで、外国人の人からも好評のようでした。いまや、全国のさまざまなバーやカフェでも飲めるくらいにポピュラーなビールとして多くの人たちに飲まれていているビールの一つだと思います。

「ハートランド・穴ぐら」の後には「つた館」といった大正時代の洋館でまさに蔦が絡まっているつた館ができました。1952年から存在するニッカウヰスキーの工場とその跡地に作られたウィスキー原酒貯蔵庫跡の「穴ぐら」と「つた館」の様子は、今や写真やブログにしかその軌跡は残っていませんが、まだヒルズができる前の六本木の文化を作った場所として、六本木の文化を担っていたのではと感じます。

ハートランド 穴ぐら + つた館の様子 http://workshop-www.com/?p=6

そこから、港区六本木6丁目の再開発を通じて完成した六本木ヒルズ開業と同時にできたBAR HEARTLANDは、まさにその前身の穴ぐらやつた館といった文化を継承しながら、2000年代の六本木の10年を担ってきた存在だったと感じます。一バイトではあったものの、六本木の文化を知るいい機会であったと同時に、ちょうどリーマン・ショックの前後の時に働いていたことを通じて、飲食店という社会情勢との関係性を一番痛感する場所で経験しました。

併せて、六本木ヒルズができてからのこの10年の軌跡を見守ってきた場所であるハートランドは、森ビルやキリンといった企業の影響を受けながら、紆余曲折がありながらも六本木の片隅に佇んていた場所でもありました。約11年という歴史の幕を閉じるということが、六本木のこれまでの10年、そして六本木そのものの文化を担った場所の終わりを迎えることに対して、一つの節目を感じずにはいられません。

86年からの穴ぐらやつた館、そして17年という歳月を通じて完成した港区六本木6丁目の再開発と六本木ヒルズの歴史を含む六本木の約30年間の歴史から見る、社会と文化の歴史を紐解くという意味でも、ハートランドという場所が持っていた磁場とその魅力は、調べてみるといろいろと歴史的にも文化的にも面白い場所なのかもしれません。そして、私自身も東京に来てから色々と学ばせてもらったという意味でも、まさに私自身の今を作る一部にもなっている場所でもあります。

今回の閉店は確かに寂しい思いですが、ハートランドビールはいまやどこでも飲めるビールとして親しまれていますし、六本木には今でも仕事上よく通う場所の一つです。かつて、こんなバーがあった、ということを忘れずに、また新しい場所ができることを期待しています。

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